42.『罪の余白』芦沢央
1.『罪の余白』を3行くらいで紹介!
いじめが原因で娘を失った父親の復讐劇。
復讐をきっちりやり遂げる点や、復讐内容への強い納得感、胸を打つラストシーンが特徴的なサスペンス・ミステリー。
芦沢央の鮮烈なデビュー作である。
2.『罪の余白』のあらすじ
安藤の一人娘・加奈が、学校で転落死した。
安藤は激しい後悔の中で、「娘が死んだ本当の理由を知りたい」という思いに突き動かされ始める。
一方、加奈を死に追いやった少女・咲は、加奈が日記をつけていたのでは、という疑念に囚われる。
もし加奈の日記に、加奈に自分たちがしたことが書いてあったら…。
咲は日記の有無を確かめるべく、他のクラスメイトの名を騙り、安藤の家を訪れる。
被害者の父親と加害者が出会った時、復讐劇の幕が上がる。
3.『罪の余白』の感想・レビュー
久しぶりに『罪の余白』を読み返してみて、やっぱり芦沢作品の中で一番好きな小説だな、と感じました。
芦沢作品は一人称視点の描写力の高さが魅力のひとつですが、デビュー作である『罪の余白』でもその魅力は健在。
最初のたった2ページちょっとで、語り手の女の子(=ベランダから落ちていく加奈)に感情移入させる文章力は圧巻です。
そして何より惹かれるのが、安藤(=娘を亡くした父親)を支える安藤の同僚、早苗の視点。
早苗は、「自分にはアスペルガー症候群、あるいはそれに類する脳の機能障害があるのではないか」と疑っている女性です。
多くの人が普段、文脈や前後の出来事から無意識に汲み取っている「ニュアンス」や「空気」というのもを、早苗は感じ取ることができません。
そのことが原因で起こったトラブルは数知れず。
早苗は「自分はおかしいのではないか」と悩み、実際に脳の検査をしたこともありました。
しかし、早苗が空気を読めない、ニュアンスを理解できない原因は、検査では分からず。
結局そのまま今に至っています。
(人と違う感性を持っている人、不定愁訴を抱えている人など、早苗のエピソードに共感できる人はかなり多いのでは、と思います)
早苗に日々襲い掛かる、大小さまざまな戸惑いや疑問はどれも真に迫っていて、まるで本当に当事者の頭の中を覗いているかのような気持ちになります。
芦沢央の作品『いつかの人質』に登場した盲目の少女・愛子ちゃん視点でもそうでしたが、芦沢作品は「体や感性が一般的ではない人」の視点を描くのが本当に上手いと感じました。
▼『いつかの人質』を紹介した記事はこちら
『罪の余白』では、「加害者側の恐怖」が克明に描かれていることも特徴的です。
自分の所業が、何かの拍子に世間にバレるのではないか。
安藤に接触してからは、安藤が「加奈の仇」と自分を殺しに来るのではないか。
そんな恐怖に取り付かれる加害者の心理状態が、加害者目線で描かれているのです。
読んでいると、悪いことはするもんじゃないな、と思わせられます。
しかし加害者こと咲が、その恐怖心を払拭するために作戦を練り、具体的な行動を起こす姿には、(倫理的な問題はさておき)思わず感心してしまいました。
そんな強かな加害者に、安藤はどんな復讐をするのか…。
『罪の余白』の復讐は、「殺す」「怖がらせる」という安直な方法には着地しません。
安藤の切なくも見事な復讐劇を、ぜひその目で確かめてください。
▼復讐劇が気になる方には『告白』もオススメです。